ユーラシアの戦争を横目に見ながら進む中国の首脳外交:その地域戦略を探る
ウクライナとパレスチナの戦火がやまない中、中国は5月にASEAN(東南アジア諸国連合)諸国と湾岸諸国、6月には中央アジア諸国と相次いで多国間の首脳会議を開催。周辺地域との連携強化に余念がない。
ユーラシアの戦争と合従連衡
目下、アメリカのトランプ政権が示す「新時代」のアメリカの姿は、従来のアメリカとは大きく異なり、また予測可能性が低いこともあって世界にはさまざまな動揺が広がっている。また、世界全体は多極化に向かっているとされるが、多数の極と極との関係性もまた不分明だ。そして、ユーラシアではウクライナと中東で戦争が生じており、そこにインドとパキスタンの紛争も加わっている。そして、それぞれの戦争が複雑に関係し、それぞれの極もそれぞれの戦争に多様に関わっている。世界ではそれぞれの極がさまざまな合従連衡を模索しているように見える。中国もまたこの事態を少しでも自らに有利に導こうと躍起になっている。
中国にとっての「好機」?
2025年1月に成立したトランプ政権の政策は、中国にとり厳しいことばかりではない。関税をめぐる問題は確かに厄介な問題ではあるが、報復関税とレアアースなどを複合的に用いることで一定程度は対応可能だ。また、中国は国内需要中心の経済建設を進めており、そのためにもアメリカへの貿易依存度を下げて国内生産へと移行させ、貿易相手も東南アジア、中央アジア諸国などを中心とするよう変容させている。
他方で、アメリカが世界の自由貿易に反し、また途上国の発展の機会を奪っているなどとして、アメリカを非難し、中国が世界の自由貿易体制の旗手であるかのように振る舞う。そして、中国は特にアメリカから高関税を課せられているアメリカ以外の先進国(日本も含む)、また途上国に対してアメリカに対する「共闘」を働きかけている。2025年4月に習近平国家主席がベトナム、カンボジア、マレーシアを訪問したことや本稿で述べる地域戦略もこの「共闘」を含んでいる。また、戦略的に重要な国との間で、「2+2」「3+3」の閣僚会合などを実施して関係を強化、昇華させることにも余念がない。
そして、USAID(米国際開発局)の大幅縮小が途上国の社会生活基盤に大きな衝撃を与えていること、またVOA(ボイス・オブ・アメリカ)やRFA(ラジオフリーアジア)への予算提供の事実上の停止により、アメリカの世界の言論におけるイニシアティブがやや損なわれ、また中国の新疆ウイグル自治区での人権問題などを摘発する動きが鈍化したことも、ともに中国には有利に働く。中国にとっては、途上国が中国の支援を必要とすることは好機であるし、また中国が課題としている「話語権」(世界の言論のイニシアティブ)にとっても不利な条件が減じてきていると感じられるからだ。さらに、トランプ政権がMAGA(米国を再び偉大に)政策の下で中国人留学生に厳しい諸政策を採用しても、中国政府としては人材が国内に戻ることは決して悪いことではない。
トランプ政権の対中政策の見極め
とはいえ、トランプ政権の予測可能性の低さはいうまでもない。特に政権内の外交安保チームと、ホワイトハウスとの間の相違は「分かりにくさ」の要因になっている。例えば、シャングリラ会合(シンガポールで開催された「アジア安全保障会議」におけるヘグゼス国防長官の発言のような中国に厳しい安全保障政策を念頭に置いた言説があるものの、トランプ大統領やヴァンス副大統領は同盟国との関係性や、中国が「小圏子」と呼ぶAUKUS、クワッド、ファイブアイズなどの枠組みに高い関心を示さないし、インド太平洋などの地政学を念頭においた広域戦略についてもあまり多く語られない。
政権の外交・安保チームの高官たちの声は政権発足直後から次第に弱くなり、また高官たちはトランプ大統領には逆らえないという実情もあることから、中国にとっては「好機」が到来しているという見方もある。
こうした状況の中で、中国は2025年5月に「新時代の国家安全白書」を発表し、今後10年間の明確な方向性を示した。そこでは既存の政策である総体的な安全観の徹底とともに、他国と安全の面で協働していくという共同安全という考え方が示されている。また、2025年6月の中国・中央アジアサミットにおける「アスタナ宣言」(共同声明)でも、デジタル、食料、エネルギーなど、さまざまな側面の「安全」が強調されている。
中国の「地域戦略」
そして、世界が多極化に向かい、それぞれの極が合従連衡を模索する中で、中国は地政的な地域「戦略」を策定しているようだ。李強首相が参加した2025年5月末の中国・ASEAN・GCC(湾岸協力会議)首脳会議や、習近平国家主席が出席した同年6月の中国・中央アジアサミットで打ち出した外交方針がその好例だろう。これには2つの大きな意味があると考えられる。
第1に、アメリカや日本などによる「自由で開かれたインド太平洋」への対抗である。特に中国・ASEAN・GCC首脳会議にはその色彩が強い。中国は、日米豪などがそれぞれ主張する「自由で開かれたインド太平洋」について批判的だが、ASEANが提唱した「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」に対しては肯定的姿勢を見せている。いずれにせよ、中国が東南アジア、湾岸諸国という「自由で開かれたインド太平洋」の中心軸それ自体において新たな地域的枠組みを作ったということになる。
そして、中国とASEAN、GCC諸国は、先進国とは異なる協力理念、協力のあり方を提示する。例えば経済安全保障について、首脳会議の共同声明では先進国が注意を払う経済安全保障、とりわけ軍民両用の先端技術などについては必ずしも取り上げず、エネルギー、食料安全保障を重視する姿勢を示す。
第2に、インドへの対抗がある。目下、中国とインドとの間には一定の緊張がある。国境問題は多少沈静化したものの、中国と親交の深いパキスタンとインドとの間の対立が激化しているからだ。中国が、中国・ASEAN・GCC首脳会議、また中国と中央アジア諸国との首脳会議を開いたことは、逆に南アジア諸国との首脳会議が開けないことを意味する。これは中国とインドとの関係性が影響しているのだろう。
そのインドのモディ首相は、23年にニューデリーで行われたG20においてアメリカのバイデン大統領とともに、中東を経由してインドと欧州を結ぶ「インド・中東・欧州経済回廊(IMEC)」構想を発表し、昨今もモディ首相がキプロスを訪問し、他方でEUとの貿易協定締結を進めている。中国・ASEAN・GCC首脳会議は、このインドの動きをけん制する動きとしても理解することができる。中国は先進国だけでなく、インドなどの他の新興国の動きにも対応した地域戦略を講じ始めているということだ。
中国の重層的地域戦略−SCOとBRICS拡大−
他方、中国の地域戦略には別の着想もあると考えられる。それは、上海協力機構(SCO)やBRICSの拡大、またASEAN+1(中国)、あるいはASEAN+3(日中韓)に関わることだ。
第1に、中国・ASEAN・GCC首脳会議がマレーシアで開催されたことの意味である。この会議の声明にも現れているように、この会議では中東和平について、これまで基本的にイスラエルの姿勢を相対的に批判しつつ中東和平への道筋を示そうとする湾岸諸国の意向が反映されている。この点、イスラーム国であるマレーシアは協調しやすいという面がある。マレーシアなどはBRICSへの加盟に関しても、湾岸諸国との協調を重視しており、その湾岸諸国とマレーシアなどの協働に中国が乗っかっている格好になっているということだ。
第2に、中国が地域的な枠組みの「中2階」的な組織を形成しようとしているという見方もできるだろう。そもそもSCOの前身は上海ファイブだが、それは中国と国境を接するロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタンとの枠組みであった。それがSCOへと拡大し、昨今加盟国が増加している。また、BRICSにしても加盟国の増加が顕著である。そうした状況を踏まえ、今回の中国・中央アジアサミットの開催は、中国と中央アジア諸国との間の直接的な枠組みが必要になった面もあろう。
他方、中国とASEANとの関係性は強固だが、中東諸国との関係性はさらなる強化が必要だった。そこで中国・ASEAN・GCC首脳会議では、イスラーム諸国間の連携を利用しつつ、中国がASEANをてこにして湾岸諸国と結びついていこうというのである。
いっそうの多極化の下で、中国の地域戦略は常に調整され、バージョンアップされている。問題は、果たしてこれらの地域の国々が中国からのアプローチをいかに評価するかだ。アメリカの対抗軸としてだけでは、中国の考える秩序は実現しないだろう。
バナー写真: ASEAN・GCC・中国首脳会議で壇上に立つ、(左から)フィリピンのマルコス大統領とマレーシアのアンワル首相、中国の李強首相=2025年5月27日、マレーシア・クアラルンプール(AFP=時事)
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