トランプ就任100日―アメリカで進行する「法の支配」の危機
不法移民の摘発などをめぐり、米国のトランプ政権が裁判所の判決や決定を「無視」するケースが相次いている。大統領が特定の裁判官へ敵意をむき出しにした発言をするなど、「法の支配」が脅かされている。
戦後最低の支持率
ドナルド・トランプが大統領に返り咲いて100日、世論調査は厳しい判定を下した。ワシントン・ポスト紙・ABCテレビ・イプソスが共同で行った調査で大統領の支持率は39%を記録。就任100日後としては1933年から45年に大統領を務めたフランクリン・ローズヴェルトの3期目以降、最も低い支持率となった。政権発足直後の支持率45%からは5ポイント超の下落で、不支持と回答した55%のうち44%は「強い不支持」だった(※1)。
同調査で回答者が最大の懸念を示したのが、トランプ政権における大統領権限の肥大化だった。100日間で署名した大統領令は140本を超え、戦後最多だったバイデン前政権の3倍を超えた。現在上下院の多数派を共和党議員が占めているにもかかわらず、連邦議会で成立した法律の数は最少で、ホワイトハウスに政策の決定権限が集中している構図が鮮明になっている。
厳しい世論に思うところもあったのだろう。4月29日、トランプはミシガン州デトロイト郊外での集会で、支持者を前に「歴代大統領の中で最も素晴らしい100日間のスタートだった」と自画自賛した(※2)。自身の低支持率を報じたメディアについては「フェイクの報道機関によるフェイクの調査」とこき下ろし、「正当な世論調査ならば60%台か70%台だ」と根拠なしに訴えた。
4月2日に「相互関税」を発表して以降急速に高まってきた景気後退への懸念には一切触れず、「われわれの関税政策で世界中から企業が集まっている」と成果のみを強調し、不法に国境を越えようとする人が「99.999%減った」「私が就任して以来、卵の価格は87%下がった」と成果を並べ立てた。なお物価の指標とされる卵の価格は、トランプが大統領に就任してから上がり続けている(※3)。
裁判所を無視
集会での発言のすべてが虚偽や誇張というわけでもなかった。確かに不法入国は減っている。米税関・国境取締局(CBP)によると、今年3月にメキシコとの南西部国境を越えて拘束された不法入国者は約7200人で、昨年同月から95%減った(※4)。
他方、トランプが豪語してきた不法移民の「史上最大の強制送還」は人員や費用不足のために停滞している。移民に関するデータサイト「TRAC」によれば、米移民・税関捜査局(ICE)が今年の1月26日から3月8日に強制送還した不法移民の数は2万8000人ほどにとどまり、1日当たりの平均送還数661人はバイデン政権下での平均742人を下回る(※5)。思い通りに進まない強制送還への焦りも背景に、トランプ政権は、犯罪歴がある不法移民のみならず、不法入国や不法滞在そのものを「犯罪」とみなし、摘発と送還の対象を拡大している。
そのような中、合法的な滞在資格を持つ移民までもが強制送還される事態が起こり、大論争に発展している。3月、トランプ政権はベネズエラを拠点とするギャング団「MS-13」のメンバーだとして、メリーランド州在住のキルマー・アブレゴ=ガルシアを出身国エルサルバドルへ強制送還した。確かにアブレゴ=ガルシアには、2011年、ギャング抗争から逃れてアメリカに不法入国した過去があった。しかし19年にその事実が発覚した際、移民裁判所は、彼が本国に送還されれば迫害される明白な理由があると認定。その後アメリカ人の妻と3人の子供と暮らしていた。
アブレゴ=ガルシアが当初収容されたエルサルバドルの「テロリスト監禁センター」は、ギャングの一掃を掲げた現ナジブ・ブケレ政権によって建設された巨大刑務所だ。収容者はすし詰め状態で監禁され、拷問が横行するなど、人権団体が警鐘を鳴らす劣悪な環境で知られる(※6)。同国は、トランプ政権がエルサルバドルに送還した200人超の中南米出身者をこの施設に収容し、対価として年間600万ドルを受け取るという。監獄ビジネスで稼ぎたい同国と、不法移民の送還先に困っていたトランプ政権との間で利害が一致した形だ。
こうした動きに待ったをかけたのが裁判所だ。連邦最高裁はトランプ政権に対し、アブレゴ=ガルシアの帰国について「容易にする」よう命じている。しかし政権は送還が「行政上の手違い」だったと認めつつ、ギャング団のメンバーだと強弁して帰国させることを拒み続けている。
トランプ政権が不法移民の強制送還に際し、1798年に制定された「敵性外国人法」を適用していることにも違法の疑いがある。この法律は、他国による宣戦布告や侵略があった場合、敵とみなした外国人を裁判所の手続きなしに拘束・追放できる広範な権限を大統領に与えるもので、第二次世界大戦中、日系アメリカ人の強制収容を正当化するために使われたことで悪名高い。5月1日、テキサス州の連邦地裁は、不法移民の流入はトランプ政権が主張する「侵略」にはあたらないとして「敵性外国人法」適用を禁止する命令を出した。なお判決を下したフェルナンド・ロドリゲス判事は、一期目のトランプ政権が任命した。政権はこの判決を不服とし、上訴する構えだ。
強まる裁判官攻撃
トランプは裁判所を無視しているだけではない。敵意をむき出しにしている。3月15日、首都ワシントン連邦地裁のジェイムズ・ボアズバーグ判事が200人超の中南米出身者のエルサルバドルへの強制移送について差し止めを命じた際、トランプは自身のSNS、Truth Socialへの投稿で、同判事を「バラク・フセイン・オバマによって任命された、極左狂人の裁判官、トラブルメーカーであり扇動者」と激烈な言葉で批判し、弾劾すべきだと訴えた(※7)。FOXニュースの番組でも、「悪い判事がいる。非常に悪い判事がいる。許してはならない判事だ。悪徳判事がいる場合にどうするかを、ある時点で考えなければならないと思う」と強調し、弾劾を示唆した(※8)。トランプによる一連の裁判官批判を受け、ジョン・ロバーツ最高裁長官は、「司法判断に関する意見の相違への対応として、弾劾が適切ではないことは2世紀以上にわたって確立されている」「そのため、通常の上訴審査プロセスが存在する」との声明を出さざるを得なかった(※9)。裁判官が政治に口を出すことは異例だ。
その後も裁判所攻撃はエスカレートしている。4月25日、連邦捜査局(FBI)のカシュ・パテル長官は、不法移民をかくまい、当局による拘束を妨害したとして、ウィスコンシン州ミルウォーキーの裁判所のハンナ・ドゥガン判事を逮捕したと発表した。判事は18日、軽犯罪に問われたメキシコ人男性の刑事裁判を担当していたが、男性の逮捕を狙うICE職員が裁判所内にいることに気づき、男性を裏口から逃がしたとされる。裁判所内での不法移民の身柄拘束については、被告が出廷しない原因となるとして懸念や反発もある。その後判事は保釈されたが、現職の判事が逮捕されるのは異例だ。この事態についてトランプは、「数十万人の(不法移民の)国外追放を、裁判所が妨げている」と、改めて裁判所への批判を口にした。FOXニュースに出演したパム・ボンディ司法長官は、「自分たちが法を超越し、超越していると思っている裁判官もいるようだ」と批判し、今後同様のことをする判事がいたら、「私たちはあなたを追い詰め、起訴する。必ず見つけ出す」と警告した(※10)。
ボアズバーグ判事やエイミー・コニー・バレット最高裁判事など、トランプ政権にとって不利な判決を下した判事たちとその家族への脅迫や嫌がらせも深刻化している(※11)。そのツールになっているのがSNSだ。実業家のイーロン・マスクや、政権人事にも影響力を持つ極右インフルエンサー、ローマ・ルーラーらがネット上で大々的に判事の批判を展開し、家族の写真や個人情報を拡散することで、支持者が一斉に判事と家族を攻撃・脅迫する。
三権分立を守るために
アメリカ合衆国憲法の骨子の一つは、権力の分立にある。政府の権能を立法・行政・司法に分け、相互に抑制させることを通じ、専制を防ぐことが狙いだ。裁判所は、大統領令や議会が制定した法律が憲法に適合しているかを確認し、不適合と判断したものは無効にできる。
しかしトランプのアメリカが示すのは、公然と裁判所の命令を無視する政権が現れた際、裁判所による抑制には限界があるということだ。裁判所が判決を執行する際には、司法省が管轄する連邦保安官に頼らざるを得ないが、ボンディ司法長官はトランプに忠誠を誓っている。就任100日目の集会でトランプは、大統領令の差し止めを命じてきた裁判官を民主党と結託する「共産主義者」「過激派」と批判し、こう強調した。「私は大統領選で圧倒的な支持を得て勝利した。私は有権者が求めることをやっているだけだ」。
独立達成後のアメリカで、中央集権的な政府と憲法の必要性を唱えたフェデラリスト(連邦主義者)による連作論文『ザ・フェデラリスト(The Federalist Papers)』(1788年)には、こうした展開を予期していたような記述もある。アレクサンダー・ハミルトン執筆の第78篇は、司法府について、「三権分立の中で比較にならないほど弱い」と評している。「Swords(剣)」を持つ行政府、「Purse(財布)」を持つ議会と異なり、司法府の権威は強制力ではなく、法の公平な裁定者としての誠実さ、他政府機関や国民の信頼のみに基づいているからだ。さらにハミルトンは、本来的に「弱い」機関である裁判所が憲法の守り手としての役割を果たすには、裁判官の独立性が重要であり、議会や大統領によって簡単に罷免されるようなことはあってはならないとも語っている。
自分は「民意の体現者」なのだと自負し、裁判所を公然と無視するトランプに歯止めをかけるには、国民が「法の支配」を守るよう、トランプに対して「民意」を示していくしかない。4月の世論調査では、8割近くの人々が「連邦裁判所が違法と判断した場合、大統領は判決に従わなければならない」と回答し、9割近くが最高裁の判決に「従うべきだ」と回答した(※12)。
5月1日はアメリカでは「法の日」であり、全米の各都市で弁護士会や法曹関係者が「法の支配」を守るためのデモを行った。裁判所に加え、自身が抱える刑事事件の調査や捜査に関与したとして複数の法律事務所に報復措置をとってきたトランプ政権への危機感から、多くの人々が参加した。「ハネムーン期間」とされる大統領就任100日が過ぎ、アメリカでは早くも2026年の中間選挙が意識され始めた。「法の支配」もその重要な争点となるだろう。
バナー写真:トランプ米大統領の「独裁」に抗議する大規模デモ=2025年4月28日、ワシントン(AFP/時事)
(※1) ^ Washington Post-ABC News Ipsos National Poll (April 18-22, 2025)
(※2) ^ https://youtu.be/jEhhD9l3VrU?si=dy0T71zykL_o63Tq
(※3) ^ “Border Crossings, Egg Prices and Jobs - Trump’s 100 Days Speech Fact-checked,” BBC (April 29, 2025)
(※4) ^ https://www.cbp.gov/newsroom/national-media-release/cbp-releases-march-2025-monthly-update
(※5) ^ Track Immigration
(※6) ^ “Human Rights Watch Declaration on Prison Conditions in El Salvador for The J.G.G. v. Trump Case,” Human Rights Watch (March 20, 2025)
(※7) ^ https://truthsocial.com/@realDonaldTrump/posts/114183576937425149
(※8) ^ “Laura Ingraham Presses Trump on Whether He’d Defy A Court Order,” Fox 59 (March 18, 2025)
(※9) ^ “Chief Justice Roberts Rebukes Trump And GOP Rhetoric About Impeaching Judges,” CNN (March 18, 2025)
(※10) ^ “‘Deranged’ Milwaukee Judge’ Arrest A Warning To Others, Bondi Says,” Axios (April 25, 2024)
(※11) ^ “These Judges Ruled against Trump. Then Their Families Came Under Attack,” Reuters (May 2, 2025)
(※12) ^ “Trump’s Job Rating Drops, Key Policies Draw Majority Disapproval as He Nears 100 Days,” Pew Research Center (April 23, 2025)
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