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映画『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』:鬼才・三池崇史が描く「かくも恐ろしき人間たち」

土砂降りの雨の中、夜遅く教師が家庭訪問でマンションを訪れる。美しい母親が礼儀正しく迎え入れ、教師にコーヒーを出す。2人はその家の息子である男子児童について話す。教師によると、児童はクラスで問題を起こしているらしい。母親との会話で、教師は児童が外国にルーツがあったと知り、問題行動が「純粋な日本人」でなかったゆえだと納得する。ここから教師は差別的な発言を続け、攻撃的に、いやそれどころか凶暴になっていく...

さまざまなジャンルを横断しながら、どの作品にも自身の強烈な作家性を刻印してきた三池崇史監督。最新作は、これもまたあらゆる先入観を打ち砕く、不気味な静けさに満ちた物語だ。四半世紀にわたり三池作品に注目してきたスペイン人ライターが監督と語り、その新たな魅力を考察する。

土砂降りの雨の中、夜遅く教師が家庭訪問でマンションを訪れる。美しい母親が礼儀正しく迎え入れ、教師にコーヒーを出す。2人はその家の息子である男子児童について話す。教師によると、児童はクラスで問題を起こしているらしい。

母親との会話で、教師は児童が外国にルーツがあったと知り、問題行動が「純粋な日本人」でなかったゆえだと納得する。ここから教師は差別的な発言を続け、攻撃的に、いやそれどころか凶暴になっていく。母親は不安になり、緊張が高まる。

小学校教師の薮下(綾野剛)は拓翔(三浦綺羅)の両親から児童虐待で訴えられる ©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会
小学校教師の薮下(綾野剛)は拓翔(三浦綺羅)の両親から児童虐待で訴えられる ©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会

映画『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』の冒頭シーンだ。この中にどこまで真実が含まれているのだろうか。真実はストーリーを語るのが誰かによって変わってくるのではないか? このことを監督は早い段階で観客に示唆する。

現役の日本人監督の中で、世界で最も有名な1人、三池崇史。過激な暴力描写や、ジャンルの慣習を度外視した大胆さで知られる。代表作には『オーディション』(2000)、『殺し屋1』(01)、『十三人の刺客』(10)などが挙げられるが、これまでに手掛けた映画は100本を超える。それもコメディーからミュージカル、スリラー、ホラー、アクションまで、手をつけていないジャンルはほぼないと言ってもいい。

律子(柴咲コウ)は息子が教師から虐待を受けていると主張する ©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会
律子(柴咲コウ)は息子が教師から虐待を受けていると主張する ©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会

報道と真実のはざまで

今回、三池監督が挑んだのは、珍しく社会的なテーマだ。日本で常に議論になってきた教育の現場、いじめとPTSD(心的外傷後ストレス障害)、モンスターペアレンツや、メディア報道のあり方といった問題が重層的に絡み合う。背景には、2003年に福岡で実際に起きた事件があるのだが、監督はこれを「実話に基づく映画」だとは安易に言わない。「事実」と「映画」の間に横たわる越えがたい一線を極めて慎重に考えている。

「事件について書かれたルポ(福田ますみ『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の深層』)を読みました。これが非常に面白かった。このルポがあったからこそ作れた映画ですね。実話を基に映画を作ろうとしたら何年もかかります。モデルになった人たちに独自に取材し、物語に仕上げて、まだ生きているその人たちの共感を得られなければならない。これを自分たちで一から作るとしたら、時間的に無理だろうなと」

三池監督が、映画作りを語る上で「時間的な制約」に言及するのは驚くにあたらない。1995年の商業デビュー以来、監督は驚異的なペースで作品を量産してきた。1年に3~4作を手掛けることも珍しくない。もちろん、作品のクオリティーとプロ意識は高く保ったままだ。真似できる監督は世界でもそういないに違いない。

『でっちあげ』が描くのは、小学校教師・薮下(綾野剛)が、受け持つクラスの児童、拓翔(たくと/三浦綺羅)に対し、暴言を浴びせ、手を上げたと両親から告発される物語だ。両親は息子がケガを負い、PTSDを発症したと主張する。

拓翔の母・律子(柴咲コウ)は週刊誌記者の鳴海(亀梨和也)に接触する。記者は「これは特ダネになる」と見て、薮下を執拗に追い詰めていく。こうして事件が報じられると、「何が起きたのか」「誰が悪いのか」、世間は一方的に決めつけてしまう。

体罰事件を実名報道し薮下を糾弾する週刊誌記者の鳴海(亀梨和也) ©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会
体罰事件を実名報道し薮下を糾弾する週刊誌記者の鳴海(亀梨和也) ©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会

「問題はメディア側ではなくて、情報を受け取ってそういう空気を作ってしまう受け手側にあるんじゃないかと。メディアは仕事として報道しなきゃいけない。週刊誌だと売れるために過激な切り口に持っていくこともある。それは報道、ビジネスとして、ある程度は仕方がないことですよね。特にいまの時代、われわれはSNSを通じて大量の情報を浴びて、次から次へと興味が移っていき、その過程で無意識のうちに人を傷つけている。それは報道する側だけの問題ではないと。そこがこの原作を読んで面白いと思ったところと重なりました」

綾野剛と柴咲コウならではの間合い

この重いテーマを描くにあたって、三池監督が選んだのは静かな語り口だ。血しぶきが飛び交い、息もつかせぬテンポで展開する彼の代表作とは一線を画している。とはいえ、この作品に恐怖がないわけではない。より現実に根ざした「人間の恐ろしさ」に焦点を当てたのだ。

児童と両親が福岡市と教師を提訴し、500人を超える弁護団が結成された ©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会
児童と両親が福岡市と教師を提訴し、500人を超える弁護団が結成された ©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会

おそらくそれゆえだろう。この映画には、センセーショナルな演出も、観客の逃げ場となり得るようなユーモアも一切見られない。観客は、容赦のない人間の残酷さと正面から向き合わざるを得ない。さらに俳優たちの見事な演技によって、私たちは2時間余りにわたって目をそらすことができなくなるのだ。

「僕はどんなテーマでもあまり強調せずに淡々と描くんです。音楽で盛り上げたりもしない。演技もそうです。ここまで追い詰められたら、まあそのぐらいの涙は出るよねと。役者として見せ場は出したいものなんですが、そこは抑えて、いわゆる熱演、過剰な熱は込めないようにしてもらうんです」

主演2人の演技は、達人が肉体を駆使し、絶妙な間合いで交わるダンスを思わせる。虐待を受けたとされる子どもの母親を演じる柴咲コウは、表情のわずかな変化ひとつで、場面の空気を一変させてしまう。抑制の効いた演技ながら、表現の引き出しは実に豊かだ。これをさらに際立たせるのが、対立関係にある綾野剛。人間味あふれる所作と、感情の奥行きが柴咲と好対照を成している。

柴咲コウと三池監督のタッグは『着信アリ』(04)、『喰女-クイメ-』(14)に続き3作目 ©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会
柴咲コウと三池監督のタッグは『着信アリ』(04)、『喰女-クイメ-』(14)に続き3作目 ©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会

三池監督は、彼らが発するエネルギーの強烈さゆえに、自身はあえて距離を取り、2人の間合いに入らぬよう心がけたと話す。

「この2人は俳優として、絶えずメディアから注目されてきましたよね。世の中に対して、誰よりも孤独を感じているはずなんですよ。その中で、自らの足で立って役者として生きていく強さを持っている。そういう意味で、今回の役は理解できる部分があったんじゃないでしょうか。役者に言葉で説明しすぎると、過剰な表現になるおそれがありますが、この2人だったら自然ににじみ出てくるよなと。だから彼らにはこういう演技をしてほしいとか、ほとんど話はしてないんですよ」

2人に加えて、週刊誌記者役の亀梨和也や弁護士役の小林薫をはじめ、どのキャストもみな素晴らしい仕事をしており、私たちがスペイン語の慣用句で言う「ケーキにのせるさくらんぼ」、つまり完成度の高い作品をより完璧に仕上げる決定打の役割を果たしている。

当てがなくなった薮下の弁護を湯上谷(小林薫)が引き受ける ©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会
当てがなくなった薮下の弁護を湯上谷(小林薫)が引き受ける ©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会

ローカルこそがグローバルに通用する

だがその完成度にもかかわらず、海外の三池ファンにとっては、本作を完全に理解するのが難しいかもしれない。それは物語の背景にある日本的な価値観や規範によるものだ。事件を取り返しのつかない展開にした要因に、とりあえず謝罪して丸く収めようとする、極めて日本的とも言えるその場しのぎの解決法があった。この成り行きは海外の観客に大きなストレスを与えるに違いない。

「ある情報を広く伝えようとするとき、普通はグローバルにしようと思いますね。でも映画では、すごく極端な話も、何となく伝わるんです。だって万引きする家族の話がね(笑)、海外でもちゃんと受け入れられたんです。普通だったら、この人たちがどんな暮らしをして、何を考えているか、分からないじゃないですか。理解できなくても、どこかにリアリティーを感じたり、何かに共鳴できたりする。本当の意味でグローバルに通用するものって、どんどんターゲットが絞られて、カルトでローカルなものになるんじゃないか。この作品も、海外の人が見るとキョトンとするだろうって自分でも思いますよ。でもそれは作品の運命。そのために表現を変えることはないですね」

校長(光石研、右)と教頭(大倉孝二、左)に促され、保護者への説明会でその場しのぎに謝罪してしまう薮下 ©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会
校長(光石研、右)と教頭(大倉孝二、左)に促され、保護者への説明会でその場しのぎに謝罪してしまう薮下 ©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会

偶然にも是枝裕和監督の『万引き家族』(18)が話題になったので、言及しないわけにはいかない。三池監督本人に直接質問することはしなかったが、『でっちあげ』を見て是枝監督の『怪物』(23)を連想することは避けがたいはずだ。ともに学校における虐待を題材にした物語であり、語り手の視点によって「真実」が異なるという点で共通している。

しかし、そうした結び付け方はやや短絡的にすぎる。私としては、より本質に迫った比較の対象として、むしろ三池監督自身の『一命』(11)を挙げたい。小林正樹監督の古典的名作『切腹』(1962)と同じ原作の映画化で、坂本龍一氏による美しい音楽に彩られ、カンヌ国際映画祭で初めて3D作品としてプレミア上映されたことでも知られる。

薮下にとって、支えてくれる妻・希美(木村文乃)の存在が救いだ ©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会
薮下にとって、支えてくれる妻・希美(木村文乃)の存在が救いだ ©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会

『でっちあげ』は、構造、語り口、そして観客に不安を呼び起こす点で、この時代劇の傑作によく似ている。『一命』と同様、『でっちあげ』における暴力描写は抑制されており、怪物や幽霊のような幻想は登場しない。だが、そこには、人間存在そのものが引き起こす極限の残酷さがある。それこそが、おそらく私たちが最も恐怖を感じる対象なのではないか。

コアな映画ファンには、三池監督がこれまでに見せてきた作品から受ける先入観をいったん脇に置き、この新作を見てほしい。2001年のトロント国際映画祭で、上映時にエチケット袋を観客に配ったという逸話がある『殺し屋1』のようなショックはないかもしれない。だが本作こそ、かつてないほど「三池的」な映画であることは強調しておきたい。

撮影:花井智子
取材・文:アラストゥルエイ・チャビ

©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会
©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会

作品情報

  • 出演者:綾野 剛 柴咲 コウ
    亀梨 和也 / 大倉 孝二 小澤 征悦 髙嶋 政宏 迫田 孝也
    安藤 玉恵 美村 里江 峯村 リエ 東野 絢香 飯田 基祐 三浦 綺羅
    木村 文乃 光石 研 北村 一輝 / 小林 薫
  • 監督:三池 崇史
  • 原作:福田 ますみ『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』(新潮文庫刊)
  • 脚本:森 ハヤシ
  • 音楽:遠藤 浩二 主題歌:キタニタツヤ「なくしもの」(Sony Music Labels Inc.)
  • 配給:東映
  • 公式サイト:detchiagemovie.jp/
  • 6月27日(金)公開

予告編

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