進化、淘汰…生物多様性はあなたの心が守る 広い視野から生態系理解を説く 深野祐也さん
ようやく広く認識され始めた生物多様性の重要性。だが、種の保護にあたっては「好き」「嫌い」といった人間の心理が大きく影響するという。人間と他の生物との相互作用を進化や生態の観点から探求している千葉大学准教授の生態学者、深野祐也氏に、進化心理学の視点から環境問題を考えるための新たな視点を提示してもらった。
深野 祐也 FUKANO Yūya
生態学者、千葉大学園芸学研究院准教授。1985年、福岡県生まれ。2013年九州大学システム生命科学府博士後期課程修了。博士(システム生命科学)。東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構を経て現職。日本生態学会宮地賞(2022年)、科学技術・学術政策研究所「ナイスステップな研究者」(2023年)、千葉大学先進学術賞(2024年)、文部科学大臣表彰若手科学者賞 (2025年)など受賞多数。著書に『世界は進化に満ちている』(岩波科学ライブラリー、2025年)など。
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ヒートアイランドに適応する植物
気候変動が世界的な課題となってすでに久しい。地球上から多くの生物が対応できずに消えつつあるなか、一部の生物はたくましく変化に適応し始めている。深野さんの研究グループは、クローバーに似たカタバミという世界中で見られる雑草が、ヒートアイランド現象に適応していたことを世界で初めて解明した。ヒントは何気ない都市の風景。深野さんは「公園では緑葉のカタバミ、アスファルトの道路脇では赤葉を多く見かけると気付いたことがきっかけだった」と振り返る。
緑葉カタバミ(左上)と赤葉カタバミ(左下)。東京・丸の内の路面の隙間に生えていた赤葉カタバミ(右写真の矢印)=いずれも深野祐也氏提供
実験してみると、通常の気温では緑葉の方が良く成長したが、高温では赤葉の成長が勝った。世界中の人々がインターネットにアップしたカタバミの写真を分析したところ、都市部ではやはり赤葉の割合が高かった。深野さんは「都市の高温ストレスによってカタバミの葉色が赤く進化して高温への耐性を獲得した」と結論づけ、2023年に米国科学ジャーナル「Science Advances」で論文を発表した。
カタバミのような例の一方で、人間が引き起こす急速な環境の変化に適応できる生物は限られ、地球上からはどんどん生物が消えている。深野さんは、「自然生態系の解明はまだ手付かずの部分が非常に多く、個々の生物の絶滅がどのような影響を全体に及ぼすのか予測できない」として生物多様性の重要性を指摘する。続けて、人々の想像力を刺激するように、こう問いかける。「地球を『未来の技術で動いている宇宙船』と考えてみてほしい。動く原理を理解できない宇宙船が壊れたら、私たちはそれを元通りに修理できるのか?」
サブカルチャーが多様性に影響⁉
都市では緑地を取り入れた再開発ラッシュが続いている。「都会のオアシス」といった言葉に象徴されるように、無機質な空間における「緑」は人々に安らぎを感じさせる効果があるのかもしれない。だが、深野さんによれば、「都会の緑を代表する芝生広場は、生物多様性が高いわけではない」という。深野さんの研究の関心は、まさにこうした「人の心理が生物多様性に与える影響」にある。
例えば、積極的に保護される絶滅危惧種はパンダのように可愛い動物が多く、そうでない動植物は保全の対象から外されがちだ。ただ、もしかしたら人に嫌われている虫Aが、ある植物Bにとっては唯一の花粉媒介者かもしれない。虫Aが絶滅したら、植物Bも一緒に絶滅してしまう。「人の好き、嫌いが生物多様性を大きく左右している現実がある」という深野さんの指摘は、「人類の無意識な身勝手さ」に気づかせてくれる。
日本では気候変動に対する意識は高まっているが、自ら行動しようという個人の意識は非常に低いとの調査結果がある。具体的な行動を人々にとってもらうヒントとなるのが、深野さんらが行った、アニメ放映と動物保護の寄付との関連性についての研究だ。
『けものフレンズ(※1)』という、絶滅危惧種を含むさまざまな動物が擬人化されたアニメが日本で大ヒットした。研究では、アニメ放映と共に作品に登場する動物への寄付が増え、動物愛護への関心が全国的に高まったことを示す結果が得られたのだという。「博物館による情報発信やドキュメンタリーといった『正統派』のアプローチではアクションを喚起できなかった層に、アニメやエンターテインメントといったサブカルチャーは非常に有効だと思われる」と語る深野さんは、従来の学問では見逃されてきた事象を自由な発想でひもとく。
太陽光発電に工夫を
無秩序な設備建設など、生物多様性を無視した再生可能エネルギーの導入は大きなリスクになる。深野さんたちが東急不動産、環境省と始めた共同研究では、太陽光発電所内の自然を再生させる試みを続けている。太陽光発電所の建設はコンクリート打設など、少なからず自然生態系にダメージを与えるものの、深野さんは「工夫して管理することで、草原や湿地など自然生態系に似た機能を持つ環境が再生できる可能性がある」と共存の道を探る。
夏場は高温で発電効率が落ちるが、パネル下部を草原や湿地にすれば温度が下がり、発電効率の向上に寄与する可能性がある。雨水の流れが緩やかになって災害を抑制する機能が復活するなど、生態系に多面的なメリットをもたらす発電所を造れるのではないかと実証を進めている。
私たちができること
太平洋を隔てて、米国では大学の研究者らに対して保守派からの逆風が強まっている。深野さんは「誰が国を治めても、基礎研究が変わらず続けられる世の中であってほしい」と語りつつ、「なぜ、これほどまでに米国で分断が進んでしまったのか?」と思索する。保守派から攻撃対象とされているのは、いわゆるエリートの大学だ。深野さんは、大学が地域コミュニティーとの開かれた関係をおろそかにし、地域住民に大学が立地している恩恵を実感してもらえなくなったことが理由ではないかとみる。
翻って日本の大学の状況はどうか。「日本でも同様の状況が起こるかもしれない。大学側がその地域に存在する意義を考えて、地域コミュニティーに広く貢献し、関係を熟成することが大切ではないだろうか。例えば、子どもたちに向けて面白い研究を伝え、知的好奇心を育む地域貢献の形は有効ではないかと思う」。こうした深野さんの思いは、紹介したカタバミ、サブカル、太陽光発電についての研究に一貫して通底している。
身近なことをテーマに、分かりやすく生物の話を一般の人々に語ることができる深野さん。私たちができることを尋ねると、こんなヒントをくれた。「食べ物を注意深く選択すること、そして生物多様性を大事にする政治家に投票すること」。アン・ラリゴーデリー博士(※2)が、2024年にブループラネット賞 を取った時のスピーチだ。
インタビューで深野さんから、「生物多様性に最も大きな影響を与えている食物は何だと思いますか?」と問われた。実は牛肉なのだという。日本は牛の飼料である大豆をブラジルから多く輸入しているが、その大豆は熱帯雨林を切り開いて栽培されたものだ。つまり、私たちが牛肉を消費することと、熱帯雨林の伐採とがつながっているのだ。
日々の食生活を通じて、私たちは知らず知らずのうちに環境問題に関わっている。人の生活と生物多様性との結びつきが見えてくると、環境への負荷が少ない代替策へ切り替えるアクションが生まれる。「代替肉」はその一例だろう。「小さな選択の積み重ねが、やがて大きな変化につながる。私は生態学の研究者として環境の実態を解き明かすことで、このアクションを支援していきたい」。こう締めくくった深野さんの柔和な笑顔に、高い志を感じた。
バナー写真:さまざまな植物が生育する千葉大学の植物園にたたずむ深野祐也氏=千葉大学松戸キャンパス(Shime,inc.提供)
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